“競馬の記号学”の解説対象である速度理論並びに数量化理論による競馬予想のプログラムは前世紀末に略完成しており、現在(2006年3月)まで中央競馬の全てのレース(新馬戦、障害、JCも例外とせず)の予想を行いました。予想の提示形式は極めてシンプルなもので、買い目を直接(馬連10-11など)示し、的中確率の高い順番(本線1~6点目などとして)に並べました。
予想実績につきましては、本書、五章 効率的市場仮説p27-p30でご紹介しましたように、2005年7月16日より9月4日の間に行われた中央競馬の全てのレース(576R)を平均すると、馬連本線6点は回収率146%、的中率32%、3連複本線7点では回収率169%、的中率19%を示しました。また、本書には直接収録しなかったですが2005年7月16日2回函館1日目の第12レース芝1200mでは3連単661360円を1点で、続く2005年7月17日2回新潟2日目の第10レース疾風特別では3連単654460円を4点で的中しています。従いまして、速度理論並びに数量化理論による競馬予想は必勝状態にあった訳です。
しかしながら、この様な状態(必勝)は”競馬の常識”からは信じられませんので、現実に起こった事であっても、たまたまの”偶然”として片付けられると思われます。ただ、この状態(必勝)が真実であるならば、”偶然”とするには期間が長いようですので、的中あるいは回収率には何らかの”理屈”あるいは”理由”が存在しても良いとも考えられます。
ところで、私は今までこの”理屈”あるいは”理由”に直接言及しませんでした。言及しなかったのには、いくつかの理由がありますが、最大のものは“競馬の常識”、なかんずく“競馬予想の常識”を捨てて頂かないと理解に結びつかない事です。言い換えると“因果律”の誤謬あるいは虚構に気が付いて頂きたいという事です。
物事には結果があれば原因が必ずあるとするのが因果律ですが、この場合、結果が一つであるのは自明ですが、誤謬は、往々にして、結果が一つであるから原因も一つ(あるいは限定された少数)であるべきだと考えてしまう事です。競馬で言えば、勝ったあるいは負けたのには理由が有り、その原因が一つ(あるいは限定された少数)であると断定してしまう事です。実際には、原因は無数(当然複数の原因が交絡する場合も含みます)に有り、その一つ一つは確率の雲の濃さである訳です。しかし、このような表現は解り難い事もありますが、理屈を理解する困難さ以外に、もう一つは物語性あるいはロマンを紡ぎ出すのが非常に難しい、不可能に近い事です。即ち、原因は一つ(あるいは少数)である方が物語性あるいはロマンまたは事件の創生に都合が良く、読み手に取って理解し易いからです。
因果律の虚構の創生(思い入れ、思い込み)はエンターテイメントとしては、許される事ですし、競馬はエンターテイメントそのものですから、許されて当然です。しかし、もし、この事(因果律の虚構の創生)に疑問を持ち、回答の一部を得たいならば、本書を一読する事をお勧めします。また本書を踏み台として、例えば、カオスニューラルネットワークなどの理解に至れば私に教えて頂ければと思います。
2006年3月
HRPTV5C



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