血統理論と遺伝学の乖離からの続きです。競走馬の血統ないし血統理論は文献学的事実を纏めたもので科学的な事実で裏付けられたものでは殆どありません。文献学的な事実で構成された血統理論で、そもそも未来予測である競馬予想を行う事が出来ると考えてしまうリテラシー(物事を理論的にあるいは科学的ないし合理的に考え、その本質を理解する力)に問題があるのではと思います。しかしながら、私もNHKの風林火山、篤姫、天地人などの大河ドラマは欠かさず見てしまいます。元となっている歴史小説の作者は異口同音に文献的、歴史的事実を素材にしているが作り話・フィクションである事を強調していますが、ついつい引き込まれてしまいますね。血統理論もこれと同じ原則に沿っています。従って血統と言うフィクションに引き込まれて楽しむのは有りですね。
ですけれど、フィクションに酔いしれた頭で、お金を賭けるギャンブルである競馬の予想を行うのはどうでしょうか。一端冷静になって考えてみましょう。前にも書きましたように競走馬の速く走る能力は実体が何であれ”量的形質”となります。即ち多数の遺伝子によって決まります。また表現形(観察できる形質)は”環境因子”の影響を強く受けます。この点が”質的形質”とは違っています。例えば質的形質の代表的なものに血液型がありますが、表現形は全く環境因子の受けません。
一方、量的形質の代表的なものは人間の身長や体重ですが、栄養状態が極端に悪くなれば勿論体重は軽くなりますが、身長も低くなります。経済生物である牛や豚あるいは花卉などの植物であれば環境を有る程度までコントロールして表現形を観察できますが、競走馬では難しいと思われます。即ち、表現形としての競走馬の速く走る能力も環境に大きく左右されている訳です。さらにこの走る能力は多数の遺伝子の影響を受けていますので、例えば血統用語で血量で表せば50%に相当する親子であっても量的形質としての早く走る能力が伝わる確率は数百分の1から数千分の1となります。
血統理論を科学的なレベルまで持ち上げるには量的形質の遺伝に突き進んでいかないとなりませんが、ここで突如では有りませんが、必然的に現れるのが統計学と確率論です。多分、血統理論を真面目に考えれば、ここに至るとは思いますが、統計学と確率論は余りにも高い壁です、まともに取り込むのは大変な事です。そこで多くの血統思索者は物語を選んだ訳です。しかし、これでは袋小路ですね。そんな中、一条の光が差し込んできました。先を急ぐ人は量的形質の遺伝解析などを参考にしてください。



